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ドラマ:病室で念仏を唱えないでください4話【感想】ネタバレあり

「一気に詰め込みすぎ」との声もある、「病室で念仏を唱えないでください=念唱」私も同感です。1つ1つの大きな問題を詰め込みすぎて流してしまっている感がありました。

でも、ドラマ製作者が、”1クールの中に、医療の現場で起こっている問題をできるだけ組み込んで視聴者に伝えたい”と考えているとしたら、すごいテクニックだと思います。

医療関係者の葛藤も同感できる。このドラマを見ることで、詰め込んでもあふれてしまうほどの問題だらけの医療現場を、少しでも体感できるのではないでしょうか?

念唱から社会問題提起。小学生の男の子に虐待の痕跡をみつける松本

今回、特に重い事案が来ました。

「公園」「夜」「小学生」のあたりから、気配がありましたが、今回(後半の)テーマは虐待。

松本(伊藤英明)が夜の公園で一人ブランコに乗る男の子を見つけて

『勇気のいるおせっかい』を実行

男の子に「どうしたの?」と声をかけ、その手に無数のあざを見つけます。

「ころんだ」と答える男の子。虐待を受けている子供がよく言う言い訳。

もうこの辺から涙が出そうです。

声をかけている松本を、犬の散歩のおばちゃんが変質者と間違えて警察に通報。

警察に事情を説明するも、身分証がなく窮地におちいる松本を助けるのは児嶋 松本穂香 )

虐待か、そうでないかは、なかなか判断できるものではないし、最初に声を上げるのはそうとうな勇気がいりますね。

虐待通報後,警察から連絡を受けた小学校の先生が病院へ

病室ですべての命を救いたい。と、本気で千手観音になることを望む松本。

実家が病院経営をしている研修医 田中(片寄涼太) から「医療には限界がある」と現実を突きつけられる。実際に、医療にはお金がかかるし限界がある。

コミカルに「千手観音の骨格は?千本の手を支えるにはものすごい筋肉が必要」というセリフを使っていましたが、

千手観音になるには、『力』がいる

救うということに携わった人なら痛感するところではないでしょうか?

そこへ、虐待を受けている疑いのある男の子の学校の先生が松本に会いに来て、男の子の保護者がシングルマザーと若い男と知る。

知っても、虐待されている小学生を積極的に守れない現実。

ひどすぎる!先生に運ばれてきた小学生の女の子。義理父からの性的虐待で子宮外妊娠、死亡

数日後、例の学校の先生が女の子を病院へ運び入れる。

松本が体に手をやると、大量に出血している。

エコーで子宮外妊娠による出血と分かる。

「おとうさんはわるくない」

言い残して彼女は死んでしまう

笑いながら病院へ遅れて入ってきた母親は、若い男(死んだ女の子の義理父)を連れている。

「あいつ、しゃべったのか!」「あいつからさそってきたんだ」と叫ぶ若い義理父

観ていて、もう、限界です。苦しくて胸が痛い。

松本が殴ってくれました。

そして、三宅(中谷美紀)が描いた千手観音の骨格図と「感情的にならない」のコメントが映し出される・・・

ここで感情的にならない人は、どうなっているんだろう。その男を殴ったことで松本になんらかの処分が下る。やりきれない気持ちで第4話、終幕。

まとめ ひどすぎる虐待や、命の危機に直面した時、大切なのは『勇気のいるおせっかい」

虐待を受けている小学生を救うのは、勇気のいるおせっかい

虐待にたいする声をあげるのも「勇気のいるおせっかい」しかない。

虐待している実の父親が、行政に怒鳴り込んで娘を取り返した結果、娘が死亡した事件は記憶に新しい。

虐待をするような人間の攻撃の矛先が、声を上げた通報者に向かうことは容易に想像できる。

手に、「ころんだ」では説明のつかないアザがある小学生を見つけた時・・・声をあげられるだろうか・・・

瞬時の判断で命を助けるのは、勇気のいるおせっかい

性的虐待の末、小学生の女の子が死んでしまったエピソードが強烈すぎて、薄れてしまったけれど、

前半の「搬送された夫の脳の損傷が予想され、介護生活が見込まれる救急患者を救うオペを止めようとする妻」も、重いテーマ。

寝たきりになったあの人の介護なんて嫌です!!」と叫ぶ妻

一命をとりとめた後に予想される苦難を考えると「本当に助けたことになるのか?」と悩む研修医田中。

愛玩動物では、交通事故での腰椎損傷など、予後に重い介護生活が見込まれると、ここで安楽死する選択肢がとられることがあるほど。

助けた後の苦難。それを考えている数秒の間にも命の火は消えていく

この瞬間に必要なのは「勇気のいるおせっかい」しか、ない。

おせっかいで人に手を差し伸べるのは勇気がいる

松本の「勇気のいるおせっかい」に助けられたと話す患者に、励まされる医療関係の視聴者もいるはず。

昔は、おせっかいなおじちゃん、おばちゃんがいた。ブルドックじいさんやら、かみなりばあさんなんて呼ばれながらも、彼らは身を挺して近所の平安を保ってくれていた。

電車で席をゆずるのも、断られたりして、次回譲る勇気を試されるような昨今、勇気のいるおせっかいが見直される契機になりますように。

次回、 死んだ小学生の女の子の弟が救われますように。 ひどすぎる義理父に制裁が下りますように。